トップアスリートに学ぶコンディショニング術【後編】
体温コントロールでパフォーマンスがアップ、気が付きにくい脱水に注意
~日本体育大学 杉田正明教授の講演より~
2017年12月10日、大阪・梅田で開催の第9回泌尿器抗加齢医学研究会で、コンディショニング研究会の代表で日本体育大学体育学部教授の杉田正明先生が「トップアスリートのコンディショニング―W杯、リオ五輪などのサポートを通して―」と題する講演を行った。前回に引き続き、杉田先生の講演から、誰もが今日から参考にできるコンディショニング術を紹介しよう。
(以下、杉田先生の講演を採録)
"暑い"東京2020で勝つためのコンディショニング、3つのポイント
2020年のオリンピック・パラリンピック(東京2020)が行われる東京の夏は高温多湿です。このような環境下でのコンディショニングのポイントは3つ。①深部体温(体の内部の温度)を上げない、②脱水を防ぐ、③体内の水分とともに失われるミネラルやビタミンの補給です。
夏場にマラソンなどの持久系の運動を行うと、深部体温はどんどん上がっていきます。そして深部体温が40℃に達すると、パフォーマンスが急激に低下する。そこで、運動中、試合中はできるだけ深部体温を上げないように調整します。2015年の世界陸上(世界陸上競技選手権大会)では、他国の選手が冷却剤の入ったジャケット、アイスジャケットを着てウォーミングアップをしている姿を見かけました。東京2020に向けて、試合前の「クーリング戦略」が1つのカギになりそうです。意外かもしれませんが、効率よく深部体温を下げるには手のひらや足の裏を冷やすほうがいいという研究結果が出ています(手のひらを冷やすだけでパフォーマンスが上がる!!参照)。
脱水の程度を知るために、合宿中は毎日選手の尿検査を行います。専用の機器で尿の比重を測って脱水の程度をチェックするのですが、尿の色である程度判断できます。選手たちには、リンゴジュースのような褐色になったらダメ、レモネード程度にとどめるようにといった話もします。実は脱水については、夏場だけではなく冬場も注意が必要です。水分補給量が不十分になりやすいためか冬場の方が尿の比重が高くなりがち、つまり脱水傾向がみられるのです。
汗で失われるミネラルについては、各選手の汗を採取して各種ビタミンやミネラルの含有量を分析したところ、失われる成分は選手ごとにバラバラでした。そこで、それぞれの選手ごとに、失われる成分が補えるスペシャルドリンクを開発する必要があると思います。
体温と競技成績に密接な関係が
選手たちのコンディショニングをサポートする我々は客観的なデータの収集が欠かせませんが、選手たちに負担をかけてもいけませんので簡単なチェックシートで日々のコンディションを調べています。項目は、寝つきの良さ、睡眠の深さといった睡眠の状況と疲労感、夏場はほてりがないか、脈拍数、酸素濃度、体温です。これらをグラフ化しながら数字を見てチェックをしています。
パフォーマンスとの関連で特に注目したいのが体温です。体温には朝低くて夕方高いという1日のリズムがあります。体温が高いときのほうが心身が覚醒していて、基本的にパフォーマンスがいいはずだと考えられているのですが、それを確かめた研究もあります。5日間、1時間か2時間おきに競泳のタイムをとり体温との相関を調べたところ、体温が高いときはタイムがいいという見事な一致が見られました。体温の変化といっても、低いときで36.2℃、高いときで36.8℃というわずか0.6℃の間でタイムに違いが出るという衝撃的なデータです(グラフ)。
【グラフ】体温の変動と競泳のタイムが連動している
海外遠征が多いアスリートには、時差との闘いもあります。きちんと体温を測って時差が解消されているかチェックし、試合の時刻に体温のピークをもってくるような調整が必要なのです。
パフォーマンスを発揮するには、体調管理、メンタル、環境、栄養など、すべての"ギア"がうまく絡み合って回っていなくてはなりません(図)。どこがひっかかっているか、どう調整していい状態に持っていくか、東京2020に向けて、さまざまな方々の力添えのもとサポートしていきたいと考えています。
【会場からの質問】
箱根駅伝(東京箱根間往復大学駅伝競走)の出場候補の選手は、大会前の合宿中にお腹を壊した人から離脱していく傾向があるという話を聞きました。アスリートにとって腸の健康というのはどのくらい重要でしょうか。
駅伝やマラソンの競技中に脱水で倒れる選手がいますが、本人も水分補給の大切さは十分にわかっているはずです。それでも脱水で倒れる要因の1つに腸の不調があるかもしれません。腸の上皮細胞は2~3日で変化しますが、試合前のストレスやプレッシャーで腸の状態が悪くなり、水分をとってもうまく吸収できていない可能性があります。しかし、これまでは腸をケアするというアプローチはスポーツの世界ではあまり行われてきませんでした。研究はこれからということになりますが、私は現在、すぐにできることとして、選手たちに腹巻の利用をすすめています。腹部を温めて血流を良くするのは有効だと思います。
杉田先生の講演に学ぶ、コンディショニングのコツ
- ▶︎深部体温が上がるような持久系の運動をする前や運動中の休憩時間に、手のひら冷却を。
- ▶︎脱水は1年中起こる。尿の色を観察しよう。リンゴジュース並みの褐色は脱水のサイン。
- ▶︎1日のうちで体温が高くなる時間帯にパフォーマンスも高まる。睡眠リズムの乱れに注意